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気の感覚

私が気の感覚を得たのはいつぐらいからだっただろうか?

 

気について最初に知ったきっかけとなったのは漫画「ドラゴンボール」だった。

 

漫画がきっかけだったというのは意外に思うかもしれないが、その当時(1980年代)「気」という概念は一般的ではなかった。

 

もちろん、

  • 気が利く
  • 気を使う
  • 気配り
  • 気分が良い

などという言葉は使われていた。

 

だが、それらは心を表す言葉としてだ。

 

私が気の概念を知ることとなったのが、前述した通り籐平光一の著「氣の威力」という本を読んでからで、その当時(1993年)でも気の概念は一般的ではなかった。

 

「気」の概念が一般的になってきたのが1990年の後半から2000年のはじめぐらい辺りからだったと記憶している。

 

この頃、海外のセレブがヨガを行っていることが知られ、日本でもヨガが流行り始めた。

 

この頃から、呼吸法や丹田などの東洋文化が海外から逆輸入という形で入ってきて、一般化されてきたように思える。

 

元々、日本では知られていた東洋文化の概念も私が生まれた頃には消滅に近いような状態であった。

 

おそらく、敗戦の影響なのだろうか。

 

戦前の概念に対して嫌悪感を抱くような深層心理がそのようにさせたのかもしれない。

 

私が気の感覚を得たきっかけとなったのは脱力であった。

 

脱力を心がけると体性感覚が高まり、普段感じることのできない感覚を得ることができる。

 

その一つに、気の感覚があった。

 

気の感覚を科学の言葉を借りるとすれば「磁気」の感覚だと考えている。

 

人には、磁気の感覚受容器は確認されていない。

 

だが、人を初め生命には電気が流れている。

 

電気が通るところには必ず磁場が生じる。

 

であれば、人体にも磁場が生じていると考えられる。

 

体性感覚が鋭くなれば、磁場の変化を感じることができると考えた。

 

であるので、気の感覚の正体は「磁気」の感覚であると仮定した。

 

20代の頃は、おぼろげにしか感じられなかった。

 

強く感じることができるようになったのは、指圧の専門学校で指圧を学んでからだ。

 

その間、整骨院でアルバイトをし、人の体に多く触れていた。

 

そうすると、筋肉の硬さや皮膚の温度差など以外の感覚を覚えることに気がついた。

 

そう、気の感覚であった。

 

特に、不調を抱えていたり、病気がちの人には「ビリビリ」や「ジビジビ」といった特有の感覚がある。

 

これをレイキヒーリングでは「病腺」と呼ぶそうだ。

 

これは、電気の流れ、血液の流れ、リンパの流れなどが悪くなることで生体磁場が乱れによるものなのだと考えられる。

 

その感覚のある所に手を当てると次第にその感覚が解けていき、症状が緩和する。

 

おそらく、指圧によって電気、血液、リンパの流れが良くなり生体磁場が正常な状態になるためだろう。

 

指圧やマッサージ、整体の仕事をしているとこのような感覚が身に付きやすいように思う。

 

この感覚を得られると症状を緩和できるので、施術においては優位になることは確かだ。

 

その感覚に経絡の知識を身につければ、占いのように相手のことを言い当てることもでき、患者さんの心を掴むことも可能だからだ。

 

だが、今は気の感覚を施術に活用してはいない。

 

もちろん、身についた感覚なので感じることはある。

 

だが、それを頼りに施術をしてはいない。

 

なぜならば、その感覚に囚われ過ぎてしまうと深い変性意識(催眠状態)へ陥り、心身の疲弊を伴うというデメリットがあるからだ。

 

そして何より、大局を見極める目が失われてしまう。

 

それは、全ての事柄にとって望ましくはない。