- 嫌な過去に囚われる
- 過去の栄光にすがる
- 嫌な人に囚われる
- 好きだった人を忘れられない
- お金に執着する
- 失ったお金を悔やみ続ける
など、人はさまざまなものに囚われてしまいます。
そのようなものに囚われ続けていては先に進めないと分かっているけれど、どうしても払拭できない。
それは、
- 欲深いからなのか?
それとも、
- 執着心が強いからなのか?
このように自分を顧みれれば、救いようがあると思います。
ですが、
- 人のせいにしたり
- 環境のせいにしたり
- 社会のせいにしたり
している限り、救われることはありません。
これは、ある意味、自分自身を責めていることでもあるからです。
しかし、人間、ある意味、弱い生き物です。
時には、人を責めたり、境遇を恨んだり、社会を否定することもあってもいいと思います。
ただ、そのことに囚われいては、時代の波に流され、自分自身を見失ってしまいます。
このような負の連鎖から脱却するためには、どのようにすればいいのだろうか?
古来より、人々は、このようなことに悩み、苦しんできました。
その課題に、
- 哲学
や
- 宗教
という形で解決しようとし、
- 囚われや執着は捨てた方が幸せになれる
と説かれているように思います。
しかし、囚われや執着を捨てようと思って捨てられるのであれば、苦労はしません。
自分自身を苦しめているものが、囚われや執着だと分かっていても捨てることなどできません。
それが、人間というものです。
囚われや執着を捨てられない人が悪いわけではありません。
変性意識が悪いのです。
本来、人間は、囚われたり、執着したりすることはありません。
ですが、変性意識に陥ると脳のバグ(誤作動)を起こし、物事に囚われたり、執着心が強くなったりしてしまいます。
そのバグによって、変性意識によって過去の記憶や感情が、頭によぎりやすくなるからです。
このことで、ストレス反応が長引いてしまいます。
そうなると、交感神経が強く働き、内臓の働きが弱くなることで本能を司る大脳辺縁系が外敵に襲われ続けていると誤解してしまいます。
変性意識がさらに強くなり、過去の記憶や感情が強く働くという悪循環に陥ります。
そして、そのことを忘れることができなくなるのです。
このように刻み込まれ続けることで、囚われや執着が強くなると考えられます。
このように考えると、変性意識から脱却することができれば、囚われや執着を払拭することができると言えます。
そのためには、変性意識による緊張、すなわち、体の「力み」を解くことが肝要だと思います。
囚われや執着というのは、心の「力み」です。
心に「力み」があると、必ず体にも「力み」が伴います。
なので、体の「力み」が取れれば、心の「力み」を取ることも可能になり
- 囚われ
や
- 執着
を捨てることができると考えております。
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